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おやより さきに しんでは いかん
おやより さきに しんでは いかん
ほかには なんにも いらないけれど
それだけ ひとつ やくそくだ
おやより さきに しんではいかん
これが詩と言えるかどうかは別にして、この気持ちはよくわかる。ずっと昔、さだまさしの歌に「俺より先に死んではいかん」というフレーズがあったが、(あれは前段の亭主関白の落ちとしてうまいと思った)あれよりうんと切実だ。
先日、近所のご主人がまだ50代前半で亡くなった。私の父が亡くなったのと同じ年頃である。
葬儀の後、最後の別れを前に奥さんと子供たちが号泣していたが、私にはその後ろで寂しそうに、申し訳なさそうに立っていたおとうさんの気持ちがやるせなかった。どうして私を先に逝かせてくれなかったのか。そう思っているのではないだろうか。
子供たちにとって、親の死は悲しいことだが、時が悲しみを癒してくれる。しかし、子供の死はいつまでたっても消えない。
息子を骨肉腫でなくした友人がいる。息子はまだ高校生であった。少し前に彼が癌で手術して、私が見舞いに行った時、彼は宣告を受けてもちっとも怖くなかったという。向こうに息子がいる。息子に会える、そう思ったという。
幸い、彼の手術は成功して、まだ仕事も遊びも現役である。先日、そんな彼の家を訪問した。驚いた。玄関を入ってすぐの居間が異様である。仏壇が備えられ、前には子供が遊んだサッカーボールが置いてある。隣の部屋にもそんなものがあふれていて、彼ら夫婦は未だに息子と共に生きている。
このブログの読者は中高年が多いと思うが、もし若者がいたら、心に留めておいてほしい。
親より先に死んではいかん。