主人が自分の愛人を家来の妻として下げ渡したり、主人が家来の妻を見初めて、家来から奪うという事は昔はよくあったことらしい。
今昔物語の「石山の観音、人を利せむが為に和歌の末を付けたる語」もそんな話だ。
今は昔、近江の国に伊香の郡の役人に美しい妻がいた。この女性に国司が懸想した。如何に国司といえども、妻をよこせとは言えないので、一計を案じた。
彼を呼び出し、酒を飲ませ、賭け事をしようと申し出た。国司が負ければ、国を分ける、勝てば、妻をもらうという。国を分けるとは、国司もよほど惚れこんだものと思いがちだが、賭け事の中身は一方的に国司に有利なものである。
国司は文を書き、文箱に入れて封をする。
「この文には和歌の上の句が書いてある。この句に合うように下の句を作ってまいれ」
上の句を見ないで、下の句をつくれという。賭け事というより、無理難題と言ったほうがいい。
男は、家に帰って、もうじき別れなければならないと、妻に泣きながら事の次第を話す。
妻は人力ではどうしようもないからと、石山寺の観音に頼むことを提案する。
男はさっそく石山に詣で、三日三晩籠もるが夢さえ見ない。
悲観して、帰りに市女笠を着た気高い女性に会い、女の尋ねるに任せて事の次第を述べると、「みるめもなきにひとのこひしき」と言えと教えられる。
約束の日に、国司はまさか合うまいと思っていたが、句がぴたりと合う。
恐れおののいた国司は約束どおり国を分かち与えたという。句は次のようなものである。
近江なる伊香の海の如何なれば
みるめもなきに人の恋しき
みるめは海藻の海松布と見る目の掛詞。琵琶湖は淡水で海藻は生えないから海松布もない。どういうわけかまだ逢ったこともないのに貴女が恋しく思われるという国司の家来の妻に対する気持ちを歌ったものである。
この話どこかで聞いたことがある気がするが思いだせない。