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東海古道の新溝はどこ?

 この暑い中を古道を求めて、山王駅から別院まで歩いた。
 古代東海道は伊勢の榎撫から尾張に入って、馬津ー新溝ー両村を通って、三河へ向っている。
 馬津も新溝がどこだったか、はっきりしないが、講座の先生は、馬津を弥富の市腋付近、新溝を中区古渡付近と考えている。
 甚目寺または萱津の渡しまではまっすぐの道が続き、川を渡ってからは東南の方向に道を変える。目印は金山駅付近にあった願興寺(元興寺跡)であったというが、道は寺まで続いておらず、小栗橋から名鉄山王駅ー古渡へと向う。
 明治17年の地籍図によると、露橋から東・、山王駅の前には三間杁という水路があって、横に同じ幅の畑が続いており、つまり16mの道が走っていた跡が浮かび上がる。これは古代路に間違いない、と先生が力をこめる。
 古渡の角には鎌倉街道跡を印した神社がある。このあたりは、名古屋台地の先で細長い高台になっており、確かに金山駅の近辺を東西に横切ると別院の横の下茶屋公園付近が高台になっているのがわかる。このあたりには愛知県で一番大きい断夫山古墳をはじめ、数多くの遺跡が見つかり、(アスナル建設の際もかなりの遺跡が出たらしい)それやこれでこのあたりを古道が通っていたと言われている。
 古い地図や地勢図を見るとなるほどと思うが、具体的な史跡は何も残っていない。それでここに載せる写真もないわけだ。あしからず。
by kimagurebito | 2010-07-17 21:42 | 鎌倉街道(中世東海道) | Comments(0)


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